牛の生涯

天照大神の時代

能登牛

遠く天照大神の時代、「越根別のしらたへ牛馬の牧を開く」
(越根別=今の北陸地方)にさかのぼり、赤褐色の小柄な牛との
言い伝えが残っています。また、寛永3年、前田104万石の
3代藩主前田利常が能登外浦一帯に製塩業を推進し、
製塩薪炭搬出に役牛として増殖を図ったと記されています。
現在の能登牛は明治25年、兵庫県の但馬地方より3頭の
種雄牛を導入したのを始めとし、大正13年鳥取県より8頭を導入し、
その後毎年、少数ながら計画的に導入された
牛が現在の能登牛の元祖になったと思われます。


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